Dark to Light
                                
                     5


K学に入学して1年。俺は中2に進級した。
変わらずK学の頭は張っているが、傷は癒えてはない。

 「おい、てめぇ。」

目立っている奴にヤキ入れるため、体育館の前で張っていた。
体育館では今日、入学式が行われる。
ぞろぞろと新1年が歩いてくる中、そいつは1番目についた。
短ランにボンタン。黒髪オールバック。

 「てめぇだよ、てめぇ。」

ムシすんな。と、俺はそいつの目の前に立ちはだかる。
身長は少し俺よりも高い。

 「体育館に行くっつーことは、1年だろ。」

短ランにボンタンなんて、いい度胸してんじゃねーかよ。俺は凄んだ。
そいつの胸座を掴む。

 「年下のくせに生意気だぞ、こら。俺はK学ここの頭、2年のつづみだ。」

その男は、胸座をつかまれたまま、笑った。
不敵、ではなく、嘲笑。でもなく、ただ、言っただけ。の言葉。

 「1年ゆうたかて、年下とはかぎらへんど?」

関西弁。
痛っ!!
次の瞬間、そいつは俺の腕を掴んで、振り落した。
こいつ……。

 「てめ、関西弁なんかしゃべりやがって!」

 「あ、ワレ、関西弁バカにしおったな。」

そいつはちょっとムッ。と、した顔をするも、入学式があるんで。と、さっさと体育館へ向かった。
俺の恫喝に全く怯まなかった。でも、ってやるぞ。と、いう気概も感じられなかった。
何だ、あいつ。

 「坡さん、あいつ何モンなんですかね。」

 「年下とわかぎらねぇってことは、2年とか3年……ダブりってやつか?」

中学でダブルやついるか。頭わりーのか、事件起こしたとか。云々。
周りが騒いだ。
ダブりなら俺らの学年にいたはずだ。
関西弁。あんな奴、知らねぇ。
手首を押さえる。くっそ。痛ぇ。

 「関西弁っていやーさぁー。」

誰かが言った。

 「飛龍 海昊ひりゅう かいう。」

そうそう。と、皆が騒ぎ出す。誰だ。と、訊くと、BADバッドの特攻隊長だ。と、誰かが答えた。
BLUESブルースとモメて、BLUESを倒した3人。
滄 氷雨あおい ひさめ如樹 紊駕きさらぎ みたか。と、もう1人の男。それが、飛龍 海昊だという。

 「ほら、S中の如樹 紊駕とつるんでるっつー、さ。」

どきり。心臓が高鳴る。
如樹の名を聞くたびに、古傷が疼く。
もう誰も気にしてねーってのに。あの時の敗北が俺の中では唯一の汚点だった。
如樹は増々名が知られて、ここらでは極悪非道で有名な不良だった。

 「飛龍ってほうわ学コとかきかないッスよね……。」

もしかして。と、皆が顔を見合わせた。

 「ま、マズいっすよ、さっきのが飛龍 海昊だとしたら……」

顔面蒼白。
別の奴が神妙な顔つきで、口を開く。

 「聞いた話によると、去年の夏にBLUESの奴らをあいつら3人でっちまったつー話。」

 「しかも、BADなんつったら、BLUESと並ぶぐれーでけぇ族だぜ?」

 「いや、もう超えてんよ。BLUESマクった・・・・んだし。」

騒めく周り。ビビる仲間。無性にイラついた。
俺は右拳で校舎の壁をぶっ叩く。
砂と埃が、乾いた音をたてて落ちた。

 「てめぇら、何ビビってんだよ。」

俺は皆の前に立つ。
あいつが飛龍だったら、好都合だ。シメてやらぁ。と。
皆が歓声を上げた。
如樹に負けて飛龍にまで負けるわけいかねぇ。ここで名誉挽回だ。

 「でも、本当にあいつが飛龍か分かんねーすよ。」

 「関係ねぇ。あいつが誰だろうと。シメてやる。」

手首が痛ぇんだよ。ザケンな。倍にして返してやる。見てろよ。
入学式が終わったら、捕まえてやる。

  「帰り際にいきますかぁ。」

青空を仰いで、独り言のように言った。
その言葉に、凄御すざみが鼻と口から白い煙を吐き出した。忘れたのかよ。と。
うるせぇ。忘れるわけねぇだろ。だから、今度こそ、勝つんだろうがっ!
言葉にする代わりに思い切り睨みを効かせた。
凄御は相変わらずにやけた顔で、頑張れよ。と、笑った。

  「飛龍 海昊、んのわいいけどよぉ。もう1年だぜ。早いトコ、K学全体シメろよな。中3にはろくな不良いねんだから、そんなのシメたって自慢にもなんねーぞ。」

  「てめ、俺のことナメてんのか?」

凄御は、一応筋は通して、俺に従ってはいるが、いけ好かねぇヤローだ。

  「おっと。お前とやり合う気はねぇよ。けどよ、お前は俺らの頭なんだからよ。命張れんだろ。」

タバコを地面に捨てて足でもみ消した。俺を下から覗き込むようにして嘲笑。
金色に脱色した真ん中で分けている前髪が、ゆれた。

  「ったりめーだ。高等部なんかワケねーぜ。」

鼻を鳴らす。
周りの仲間は、賞賛の瞳で俺を見た。
俺は、K学の頭だ。二度と負けねぇ!
まずは、飛龍。そして、高等部だ。

 「坡さん、絶対ついていきます!」

俺も、俺も。と、皆が俺を賞賛する。
気分が良い。この俺に向けられたまなざし。
もう絶対ぇ手放さない。
絶対負けねぇ!!

昇降口からぞろぞろと1年が出てきた。
すぐにわかった。短ラン、ボンタン。

 「おい、ツラ貸せよ。」

お前。飛龍 海昊だろ。と、思い切り凄む。
有無を言わせない。

 「ツラ貸せってゆってんだよ。」

男はすぐに気が付いた。今朝の……。と、言葉を濁す。否定しない。
やっぱ、こいつが飛龍。
俺が校門の外を顎で指し示すと、ついてきた。へっ。ビビってんな。
学コの先公にバレないように、少し歩く。ここなら大丈夫だろ。振り返る。

 「ヒト、待たせとんのやけど……。」

はあ?
後ろの学コ方面を指さす飛龍。帰れると思ってんのか、こいつ。
俺が睨みを効かしたのにも、至って平然とした表情。鼻につく。

 「ナメてんのか!」

道端にあった赤いカラーコーン。思い切り蹴飛ばした。
中身のない、空っぽの乾いた音を響かせて、カラーコーンは転がっていった。
その行先。路肩に止めてあった黒のベンツ。クリーンヒット。

……やべっ。
車から出てきた男。黒スーツ。サングラス。本業ヤクザ。だ。

 「何さらしてんだ。こら。」

ドスの効いた恫喝。

 「やべ。ヤ―公だ!」

皆は一目散に逃げ出した。
まじか。やべぇ。どーすんべ。
黒服はこっちに向かってくる。俺は、拳を握った。るしかねぇ。

 「!!」

 「すまん。許したってくれ。」

飛龍は俺の前に背を向けて、俺を制止するような、守るような体勢で言った。
頭を下げている。
ばっ、バカか。ヤクザに頭下げて許してもらえるわけが……。

 「!!」

そのヤクザは、そんな飛龍をムシして、俺の胸座を掴んだ。脚が浮く。苦しい。
ヤクザは、ガタイが良かった。スーツの下は、筋肉隆々と予想できる。
徐々に締まる俺の首。片腕で十分殺せる腕力。やべぇ。意識が……。

 「……っホンマすまん!!この通りや。」

飛龍は変わらず低姿勢で謝意を示す。
ヤクザは、一瞥して、俺を放り投げた。尻もちを突く。

 「謝って済むと思ってんのか。」

頭を上げた飛龍を、ヤクザは張り倒した。
飛龍は、切れた唇を拭った。その瞳。怒り。一瞬不覚にも身震いした。

 「こっちが悪いさかい、謝っとんやないか。」

くそ。何、飛龍に助けられてんだ、俺は。
K学の頭、澪月れづき 坡の名が廃るぜ。

 「おらぁ!!」

俺は、渾身。拳を握って立ち向かった。
こんな奴に負けてる場合じゃねぇ!
俺は。俺は。K学の頭だ!!

―――……。

やべ。気を失った?
俺は我に返って起き上がった。何分だ?何時間だ?
失っていた時間が判らない。

 「……。」

俺は、壁に背を預けていた。少し、遠目に見えるのは、飛龍。
ヤクザに殴られている。蹴られている。
動こうとしたら、身体全体に電気が走った。痛ぇ。動けねぇ。
情けねぇ。くっそ!

その時。ものすごい大きな音がして、ヤクザも手を止めた。

 「そんくらいにしとけよ、オッサン。」

……っ。
そこには、両手を制服に突っ込んだ如樹 紊駕の姿。
その隣で、工事中を示す看板が震えていた。

 「何だ。てめぇ。」

ヤクザが睨むも、如樹は全く怯まない。それどころか、真っすぐ射抜く瞳でヤクザを見た。
ヤクザが生唾を飲み込んだのが、聞こえたかのようだった。
無意識だったろう。一歩、後退った。我に返って、覚えてろよ。と、負け犬の遠吠えの捨て台詞。

まじか……。
本業だぞ。ヤクザ相手に、メンチきっただけで退散させた。
くっそ。ダメだ。こいつには……。
如樹には、勝てねぇ。

如樹は、立ち去った黒ベンツを一瞥して、飛龍を引き上げた。
飛龍が立ち上がって、そして、こちらを見た。

 「大丈夫か、ワレ。」

……。
飛龍は俺に手を差し出した。

 「何で……助けたんだよ。」

俺は飛龍の差し出された手を見つめた。
飛龍は、首を少し傾けた。口にする言葉を選んでいるように、頬をかく。

 「てめぇよぉ。」

如樹が睨みつけてきた。られる。と、身構えた。

  「根性入れっトコ、間違ってんじゃねーのか?そのくされ頭で考えてみやがれ、てめぇの仲間が、てめぇを置いて逃げたワケをな。」

……。
低く、腹の底から出した声。単調で冷淡。心胆を震わせた。

  「ずっと見おったんか。」

  「帰っぞ。氷雨待たせてんだろ。」

飛龍と如樹の会話。

  「……おおきに。せやな。氷雨さんおこってはるやろな。……ほな、また、な。」

飛龍は、俺に片手を振った。傷だらけの顔。左エクボがへこんだ。

 「……。」

―――考えてみやがれ、てめぇの仲間が、てめぇを置いて逃げたワケをな。

俺は、如樹に負けたあの時のように、薄い青い空を見上げた。



<<前へ

>>次へ                                           <物語のTOPへ>




前編
1/2/3/4/5/6/7/8/9